新・メタレドの楽しんだもん勝ち!

様々な作品について語ったり語らなかったりするサイト

気まぐれ漫画簡易感想 その13(最近WEB上で読んでいる漫画編)

 

 

 アニメ・映画・ドラマ・小説など娯楽が飽和状態にある現代社会。その中でも漫画はWEB上で読める作品が大量に存在し、日々熾烈な争いを続けている印象を受けます。これは作品があまりにも多く読者が取捨選択せざるを得ないからこそ、漫画も尖った作品で印象付けようとしているのでしょうね。そんな中で僕自身、気になった作品に触れながらハマったものを読み続けている最中です。

 今回はそうして最近読んでいるWEB漫画についての感想を書いていきたいと思います。『ぷにるはかわいいスライム』を筆頭に、個人的に好みなマイナー作品ばかりになっていますがどうかご容赦ください。そしてこれを読んでいる方々が、感想を描いた作品への興味を持ってくれたら幸いです。

 

 

 

 というわけで以下、漫画の簡易感想です。

 

 

 

 

ぷにるはかわいいスライム

 

www.corocoro.jp

 

 上述通りまずはここ最近のぷにるの感想から。週刊コロコロ(コロコロオンライン)を代表する漫画としてアニメ化も控えている本作ですが、例によって性癖のてんこ盛りで作者の癖の強さを毎回感じ取っています。特に上のリンク先で読める最新話はひつじぷにるのぽっちゃりとした体型・それによる包容力のインパクトに度肝を抜かれました。連載開始から2年が経過するのに、まだまだぷにるのスライム要素を活かしたネタが尽きないことに驚かされますね。

 それでいてここ最近は「ホビーとの付き合い方」や「好きとはどういうことなのか」に触れた大筋に見入ってしまいます。例えばコタローに好かれる完璧を目指す「ジュレ」のエピソードは、自分だけでも周囲にも理想の在り方を押し付ける歪さを痛烈に描いていました。他人に執着するあまり自分の存在を見誤っている……ジュレの痛々しさが何とも切なかったです。さらに子どもが大人になることでホビーが遊んでもらえなくなるくだりは、『トイストーリー』などを彷彿とさせるものがあって胸が締め付けられます。何よりこの回に出てきた「バットトリック」然りジュレ然り、自分にとって望ましいものを相手に求めてしまうのはホビーのサガなのでしょうか。

 そのためどんな状況でも自分の可愛いを追求するぷにるの異質さには舌を巻くばかり。ちょっとズレているけどホビーとしての誇りを持ち、時代に合わせて自分を変えることも厭わないのは清々しさを覚えます。ここまで自己肯定感が強いぷにるのおかげで何だかんだ安心して読めるのですが、誕生日回で例の神様が言っていたことも気になるので油断は出来ません。コタローの成長に合わせてぷにるの存在もなくなってしまう可能性(一時期見えなくなったのはその前兆なのですかね?)に怯えつつも、この作品を見届けていく所存です。

 

 

ごぜほたる

 

shonenjumpplus.com

 

 ジャンプ+で連載中の和風ファンタジー漫画ですが、個人的には本作で「瞽女(ごぜ)」を扱っていることに注目しています。かつて日本に存在していた、村々を渡り歩き唄を歌うことで生計を立てる女性の盲人芸能者であるゴゼさん。一時期日本の民族学の一環でゴゼについて調べていた身としては、それらをモチーフとした作品が誕生したことに感激してしまいました。失われた文化を少しでも残していくという点でも、この漫画の意義は中々に重要なのではないかと思う次第です。

 まぁそれはともかく、漫画としては主人公の「ホタル」がゴゼさんとの出会いを経て同じ道を志す直球のストーリーになっているのでとても読みやすいです。未知の世界に胸躍らせるホタルに微笑ましさを覚えながら、少しずつ唄と三味線の道を少しずつ邁進していく過程が何とも心地いいですね。一方でゴゼの集落の厳しさや劇中の時代の時点でゴゼが既に時代遅れ扱いされているなど、要所要所でシビアな世界観が提示されているのも見どころの1つ。そういった辛さもあるからこそ生まれから様々なものを抱えている仲間との衝突を経て、初披露の場を活躍する最新話からの盛り上がりも素晴らしいものに仕上がっています。

 他にも音楽のシーンをきらきら光るエフェクトで表現するなど独特な演出が目立ちますね。こういった音楽漫画ならではの音を出さずとも“聞かせる”描写もしっかりあるので、中々に見応えがあると思います。あとはやはりファンタジーということで、謎の存在が出てくるのも特徴的です。1話でホタルが出会った謎の「ヘビ女」の再登場回は、音しか聞き取れないホタルの視点も相まってちょっとしたホラーになっていました。ヘビ女は神様か妖怪の類なのかや、彼女がホタルの父親に執着する言動の謎といった要素にも注視していきたいです。

 

 

オメガ・メガエラ

 

pocket.shonenmagazine.com

 

 つい最近マガポケで配信が始まったBL要素の強い漫画。この作品は何といっても「オメガバース」という世界観が取り入れられており、当初その設定を知った時は驚きを隠せませんでした。(調べたところ英語圏の二次創作文化が発祥とのことで余計に驚き)男女の他にもα・β・Ωという第2の性を掛け合わせた計6種類に分かれる人類、その性から生まれた階級社会には息をのむことが多かったです。特に優秀なαと能力的に劣るΩの関係性は、αを残そうとする劇中の常識も相まっておぞましさと耽美な雰囲気が形成されていると言えます。

 そんなオメガバースの設定を取り入れた昼ドラ展開が本作の特徴。Ωの「犀門(さいもん)」が仕えている家の隠し子「真宮(まみや)」を引き取り、Ωである彼をαと偽ることで妻の身分に返り咲こうとする内容に少なからず衝撃を受けました。愛した旦那との番(つがい)に戻ろうとするあまり、手段を選んでいられなくなっている犀門の狂気にはゾッとするものを覚えます。それでいて執事に速攻バレるわ彼との共謀の果てに関係のない給仕を事故で死なせてしまうわと、どこか抜けてて残酷になりきれない人間臭さが面白いのですが。

 加えて名門一家をはじめとした劇中の大人たちの凄惨たる権力争いにも辟易させられますが、対照的に真宮たち子ども世代の健気さや自由な様子に癒されます。真宮がΩであることのコンプレックスを抱いているなど問題がないわけではありませんが、それでもαなどの縛りに負けずに友人関係を築いていく過程が描かれていくので彼らには幸せになってほしいと思わずにはいられません。学園のエピソードもコミカルな描写がチラホラあるので、ピリピリした世界の合間の息抜きにはちょうどいいですね。優秀でいなければならないαにそのαの子どもを残さなければならないΩと、独特の性差に支配された世界で少しでも自分らしくあろうとする登場人物に目が離せません。

 

 

あのときのこどもさん

 

www.sunday-webry.com

 

 『こぐまのケーキやさん』を代表作に持つ漫画家・カメントツ氏のエッセイ漫画。(氏は元々エッセイ漫画をよく描いている印象がありますね)氏が小学生だった90年代を舞台に、当時の子どもたちがどんなもので遊んだりしていたかを描いていく内容には早くも惹かれました。例えばノストラダムスの大予言が迫っている!と考える1話は、なるほどこの頃はこんなふうに思われていたのか……などと感じましたね。90年代は世代ではないのでイマイチピンとこない話もあるのですが、だからこそ新鮮に感じるものがあります。

 また別の世代でも共感を覚えるくだりも多く、個人的にはこの辺りが特に印象に残りました。ミニ四駆やビーダマンなどで遊ぶ様は当時ベイブレードなど別のホビーで遊んでいた自分の幼少期と重なりますし、怪談を怖がったり興味を持ったりする様も親近感マシマシの一言。極めつけは大人がしれっと買ったタバコのカートンを未知の宝物のように見てしまうくだりで、子どもの頃ならではの大人への憧れそのものが眩しく見えます。総じてどの時代でも子どもたちは同じようなことを考え、同じような方法で遊んでいることが伝わってきてニヤリときましたね。

 そして最新話のオリジナルカードゲームを作る話は驚愕と感動を覚えました。ジャンケンに戦略性を持たせるルールは今見ても画期的で、例え話を盛った創作だとしても感心させられるものがあります。そんなカードゲームを流行らせた結果仲間から闇取り引きする奴が出てきたり、上級生が類似品を売り出したりと社会の縮図の如く悪用が横行してブームが去るのもまたリアル。(それでいて闇取り引きした仲間を茶化しながら許す流れになっていったのがここすきポイント)子どもならではの発想力とそれが風化していく諸行無常な果てに寂しさを覚えながら、次はどんな題材が出てくるのかと楽しみになってきましたね。

 

 

 WEB雑誌や漫画アプリも多く存在し、各連載作品を読み続けるのは楽しいもの。しかしサイトやアプリごとに会員登録する必要があったりするので、そこは面倒くさいと感じてしまいます。特にこのサイトで読みたいと思っている作品は1つだけ!という時ほど登録が億劫になりがちだったり……まぁそういった手間を経るからこそ、色んな作品を無料で読めるのだと割り切るべきなのでしょうね。

 

 

 ではまた、次の機会に。