想像/創造の羽は 誰にも渡すな
忘れてはいけないその世界に、怪獣たちは息づいている
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
美術造形師・村瀬継蔵(むらせ・けいぞう)氏。東宝怪獣映画の『大怪獣バラン』や『モスラ』『マタンゴ』の制作に参加して以降、様々な怪獣や怪人の着ぐるみの造形を手掛けてきた特撮クリエイター業界における“レジェンド”ともいうべき存在です。『ゴジラ』シリーズや『ガメラ』シリーズ、果ては『仮面ライダー』や『ウルトラマンA』でも活躍してきており、現在の怪獣造形の礎を築いたと言っても過言ではありません。今年の3月に日本アカデミー賞の協会特別賞を受賞したのも納得の経歴だと思います。僕自身お気に入り怪獣である『ゴジラVSキングギドラ』のキングギドラ&メカキングギドラを制作したのも村瀬氏と知った時は、個人的にも感動と敬意を覚えましたね。
そんな村瀬氏が初の監督を務める映画『カミノフデ』。氏が以前から手掛けていたプロットを元にクラウドファンディングで制作された本作は、村瀬継蔵という人物の生涯や残してきた特殊美術造形を物語に込めた非常に興味深い作品に仕上がっていました。以前予告を発見して本作を知った時、CGを使わず着ぐるみを動かすことに傾倒した映像に思わず魅せられましたね。製作スタッフ・出演キャストも特撮作品における実力者ばかりが揃っており、その人たちが作り上げた特撮文化の結晶は中々に見応えのある要素が多かったです。というわけで今回はそんなカミノフデの感想を書いていきたいと思います。
↑カミノフデの予告を見つけた時の所感は上の記事を参照。
※ここから先は映画の内容に触れているのでネタバレ注意!!
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
- アナログ特撮が魅せる怪獣への愛
本作における最大の魅力と言われれば、真っ先に思いつくのが特撮技術。怪獣たちが劇中で姿を見せ、画面狭しと大暴れしていく様を眺める楽しみに全力を注いでいると感じました。怪獣たちの造形に関しても昭和から平成初期にかけての趣が強く、ゆるさと厳かな雰囲気を上手いこと両立させていたと思います。例えば序盤から登場する「ゴランザ」は如何にも怪物らしいビジュアルながら、昔のゴジラを思わせるクリンとした目玉に愛嬌を覚えるのが特徴的。さらに『大魔神』のパロディ要素の強い「怪魔神」も、厳つい見た目に反して劇中では頼もしさに溢れていましたね。このように二律背反な特徴を上手いこと融合させている辺りに、怪獣たちの“妙”を感じます。
中でも目玉となっているのが「ヤマタノオロチ」。本作のメイン怪獣とも言えるオロチは複数の首それぞれの鋭く尖った表皮が印象的で、生物としての実在感も他を圧倒するものとなっていました。そんなオロチが現代日本(正確にはやや過去の日本ですが)の街並みや、迎え撃つ戦車などの装備を蹴散らして進撃していくシーンは屈指の見せ場と言えるでしょう。このオロチの首を各ワイヤーを使って別々に操作し、迫力を高めていた点にも舌を巻くばかり。生物としての神秘性や美しさを内包し、街や人を襲う恐るべき存在としての怪獣を見事に表現していたと思います。VFX技術全盛の現代に、古き良き技術でここまでやってのけるスタッフの怪獣愛は半端なものではないことが大いに伝わってきますね。
中でも個人的にお気に入りなのはキー怪獣とも言える「ムグムグルス」。耳が羽になっている可愛らしいビジュアルで、主人公たちについて行くいわゆるマスコット怪獣ですね。子どもの頃『ウルトラマンダイナ』に登場したハネジローが好きだった身としては、こうした直球の可愛らしさに魅了されずにはいられません。活躍そのものは短かったものの、結構鮮烈な存在だったかと思います。
- その記憶と世界を思い出す
続いてストーリーについてですが、本作は予告通りのファンタジーが全面に押し出されていました。主人公「時宮朱莉(ときみや・あかり)」が、亡き祖父が遺した未完の映画の世界を冒険する形で怪獣の世界観を追体験させてくるのが面白かったです。それでいて朱莉と彼女についてきた「城戸卓也(きど・たくや)」の成長を描いたジュブナイルでもあり、それらを理解して視聴することで彼女たちへの感情移入もやりやすくなっていたと思います。
冒険の内容などに関しては良くも悪くも邦画ファンタジーといったところ。中盤立ちはだかる盗賊やヤマタノオロチの初戦など、寸劇染みた部分もあるので少々退屈に感じる部分もあるかもしれません。ただこうした世界観の構築も古くからの作品の要素を引き継いでいるので、ある程度は狙っているのかもしれませんね。それ故にこれらの物語を陳腐と受け取るか、はたまた味があると感じるかでストーリーパートの感想が人によって変わることでしょう。
ただ朱莉が忘れられていた物語や、家族の記憶を思い返していく過程はかなり好みでしたね。幼い頃の祖父の記憶が悪いものばかりだったばかりに、遺品などにも執着しなっていた朱莉。そんな彼女が作品に込められたモノや祖父の心情を知ることで、“忘れてはいけないモノ”を思い出す流れは見事だったと言えます。中でも突き飛ばされた記憶の真相が印象に残っており、ぶっきらぼうな祖父の優しい笑顔には自然と涙が流れてきます。このベタなストーリーを捻くれず、ストレートに描き切ってみせたことは大いに評価したいところです。
また物語の重要人物である朱莉の祖父「時宮健三(ときみや・けんぞう)」の、本作の監督である村瀬継蔵氏に即したエピソードも見逃せません。香港で制作した原人の怪獣映画をきっかけに、香港のプロデューサーの提案を受けて書いた映画のプロット『神の筆』。結局完成に至らずお蔵入りしたままという経緯まで、丸ごと村瀬氏の半生そのものだと後々知った時は驚きました。(パンフレットのインタビューでも氏は「この映画は僕の人生のオマージュ」と答えており、意図的に自分の経験を元にしているのがわかります)
そのため健三=村瀬氏と考えながら物語を振り返ると、中々に興味深いものを感じますね。このままでは誰の目にも触れずに忘れ去られるだけだった作品を呼び起こして、その世界を永遠に残しておきたいというメッセージが間接的に描かれていたと思います。村瀬氏が完成させられなかった作品を供養しつつ、映画を鑑賞した人たちに「昔の記憶を思い出し懐かしむ」尊さを伝えていく……本作のストーリーには、そんな氏の“心”に溢れていたのでしょうね。
本作については主演以外の出演者の方々の豪華さにも目がいきます。釈由美子さんや佐野史郎さん、斎藤工さんといずれも特撮作品に縁の深い人物ばかりが揃っており、怪獣映画として彩を添えようとする気概が感じられました。中でも庵野秀明氏とタッグを組むことが多い樋口真嗣氏が出てきた時は面食らいましたね。(役名も「監督」なのが面白すぎます)ドリカムことDREAMS COME TRUEさんが歌う主題歌「Kaiju」も、本作の想像の世界への理解度の深い歌詞になっていて映画を観た後に感動を覚えます。
あとはやはり釈由美子さんのマンホールネタにギョッとした話も。釈さんが演じる朱莉の母親がマンホールに描かれたマスコットに目がなく、中盤そのマンホールが防御用の盾として出てくる展開には内心爆笑してしまいました。釈由美子といえばマンホールのネタをこの作品で見ることになるとは思わなかったですよえぇ。こうしたいい意味での悪ふざけにクスっと出来るのも、特撮作品を見ていて良かったと思えるところです。
というわけでカミノフデの感想でした。マイナーな特撮映画で上映劇場も少なく、鑑賞に苦労しましたがそれに見合ったものが観れたかと思います。アナログ特撮としての矜持を全力で発揮しつつ、村瀬継蔵氏の人生そのものの整理を果たしたとも言えるストーリーは何だかんだで楽しかったです。現代の良さを決して批判するわけではなく、忘れられつつある技術や文化、そして思い出への郷愁に耳を傾けていく内容は年を重ねているほど刺さるものがあるかもしれません。(無論今の子どもたちにも観てほしいと思える作品でもあります)視聴が困難なのもあって気軽には勧められないものの、肩の力を抜いて楽しんでほしい作品としておすすめしたいところです。
ではまた、次の機会に。