また怪獣になるんだ
地。知。血。様々な“チ”を携えて、人々の思考は巡り続ける
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- 美しさと信念がもたらす“狂気”
驚愕せずにはいられないアルベルトの過去が明らかになったアニメ『チ。』の最終回。ラファウ先生が招待してくれた学術系サロンの和やかな空気はそこそこ心地よかったのですが、その後のアルベルトの父が殺されている絵面は本当にショッキングでした。ラファウが怪しいとは睨んでいたのですが、アルベルト父が所持していた資料──十中八九地動説に関するモノでしょう──を手に入れるためにこんなことをしでかすとは思ってもみなかったです。手にかけたラファウが淡々とした口調で弁明する姿も、これまたそこはかとない狂気を感じましたね。
ただその一方で、ラファウが人を殺したこと自体にはそこまで違和感を覚えませんでしたね。彼は前回「好奇心のためならこの命だって惜しくない」といった旨の発言をしていましたし、事実第1章のラファウは目的のために自殺を選んでいました。自分の命を捨てられる人間なら、他人の命だって躊躇なく奪えるということなのでしょう。第1章で好奇心とそこからくる感動に突き動かされていたラファウが、もしあのまま生き残っていればいずれ同じことをしていたかもしれません。そういった意味でも、本章のラファウはあの時の彼と“同じ”なのだと感じます。
そしてこのラファウを通じて真理を求める者の恐ろしさや危険性についてを描いてみせたのが評価したいポイント。これまでは弾圧に逃げながら地動説の証明を目指していた者たちを主人公に据えていたからこそ、彼らに正当性があるように見えました。しかしそのフィルターを取っ払い、客観的な視点では暴走する人物が出てくることにも着目させたのは中々に面白いです。*1「信念は容易く呪いに変わる」その言葉が示すように、目的のために排除するという意味では異端審問官と変わりない地動説論者にも目を向けていく姿勢に感心を覚えましたね。
- “神”が導く真理を追究する在り方
といった感じでアルベルトが学問を毛嫌い理由が判明したわけですが、なるほどこれは害悪とまで言うのも納得といったところです。「疑え」と知識を秘匿していた父親も、「信じろ」と邪魔な他者を排斥した先生も、彼の知に対する忌避感を生み出していた理由としては当然の末路でした。正直例としてはあまりにも両極端すぎる気もしますが、アルベルトにとって知識を求める者がイコール周囲を害する存在という認識になっているのも仕方がないのかもしれません。
それ故告解室で神父に導かれたアルベルトが、この2人とは異なる形で真理を追究することを目指す過程には感動しました。人間の社会性にそぐわないやり方では真理を手に出来ないことを示したのは、劇中世界が中世から近世に移り変わり始め、個人が尊重され始める微妙な時期だからこそ。知識を独占するでもなく、かといって異なる考えの相手を害したりもしない手段こそが肝要という答えに辿り着くシーンで緩やかな爽快感を覚えました。同時にこのくだりは地に関する知を求め血を流してきた、これまでの物語への壮大なアンチテーゼとしても良き結論だと思います。
またアルベルトを救ったのが神父の言葉、もっと言えば神の教えである点が素晴らしかったです。聖書を引用し、神が創りたもうた世界の意味についてを考えさせることが人間の抱える矛盾を受け入れられる土壌になっているのは見事の一言。宗教が社会の中心でなくなっていっても、その存在は人々の迷いに応える救済足りえることの証明になっていてどこか神々しさすら感じます。「人の心から神は消えない」とは、まさにこうした側面を表わしているのでしょう。上述の地動説とは逆に、これまでは主人公の道を阻んでいた宗教の必要性を説く姿勢がこれまた心地よく感じました。
(余談ですが告解室にいた神父が第2章でヨレンタを逃がした若手審問官の同僚であることを仄めかしていたのが興味深いポイント。彼がその後どのような経緯を辿ったのか気になってきますね)
- そして、人は“?”を抱く
見上げることが出来なかった空を見て、星々の美しさを思い出すことが出来たアルベルト。彼が意を決して大学に通うことパン屋の親方にお願いする瞬間も感動的でしたが、彼の本名が「アルベルト・ブルゼフスキ」であることが大きなインパクトとなっていました。正直誰なのか全く分からなかったのですが、後々のナレーションで地動説を唱えた「ニコラウス・コペルニクス」の名前が出たことで衝撃を受けましたね。コペルニクス本人を出さずにこう来るか!となる発想に膝を打たずにはいられません。
視聴後に調べてみたところブルゼフスキ氏はポーランドの大学で教鞭を振るった実在の人物、そしてコペルニクスの師匠だとわかりここまでのモヤモヤも一気に腑に落ちました。なるほどコペルニクスに地動説の考えを抱かせる人物だとすれば納得です。彼が最初に発した天動説に対する疑念が、コペルニクスが証明させていく地動説に繋がっていく話にも美しさを覚えます。アルベルトの物語もまた、地動説という真理を目指す過程に組み込まれていた……そう考えるとこの最終章も立派なチ。の物語であることが理解出来ますね。
さらにアルベルトがタウマゼインを抱くきっかけとして、ポトツキさん宛ての手紙が届くやり取りを横で聞いていたシーンも興味深いです。『地球の運動について』が如何にして出版されるに至ったかは判然としませんが、このタイトルの存在が上述の疑念の講義をもたらしたのは中々に秀逸だと思いますね。歴史上ではコペルニクスのみが地動説証明に貢献したように伝わっていますが、その裏では以前から地動説を信じていた者たちの戦いがあったのかもしれません。本作はそうした歴史の登場人物ではないものたちがもたらした“チ”に、目を向けていく意義があったのだと理解した次第です。
というわけでチ。最終回の感想でした。いやぁラスト2話は困惑と共に視聴することとなりましたが、最後の最後で非常にスッキリさせられましたね。一見冴えないアルベルトがこの作品の締めになるのかと最初は思ったものの、ここまでの戦いを清算して現代に通じる在り方を示してくれた点ではこれ以上ない「最終章の主人公」の役割を果たしてくれたと感じています。語られない歴史を1章~3章までの物語として描き、別の世界戦のように最終章に繋げる展開もある意味で絶妙と言えます。いくつかの詳細は明かされなかったことも、それがまた良いと思えるくらいには綺麗な落としどころでした。
作品としても良質で陰鬱かつ血生臭いものがあるものの、どこか前向きになれるストーリーには何度も興奮させられました。さらにそれぞれの目的のために動く登場人物はいずれも魅力的で、どの章も印象的な人物が多かったです。(ちなみに個人的に本作のキャラでお気に入りなのはノヴァク。章をまたいで物語を盛り上げ、残酷ながらも葛藤を持ち続けるその人物像には大いに惹かれましたね)前季から視聴し続け、今季アニメの中では個人的に『メダリスト』と並んでツートップの面白さを提供してくれたと思っています。
アニメに関しても概ね満足でしたが、敢えて難点を挙げるなら夜のシーンが本当に暗くて見えにくいことがあまりにも多すぎたことでしょうか。明かりがほとんど存在しない時代だからこその表現とも取れますが、最低限登場人物がどこにいて何をしているのかがわかる程度には明度を上げてほしかったですね。*2
そして最終回の感想からそのまま簡単な総評をば。序盤から主人公と思われたラファウがあっという間に退場し、次の章へ移行する衝撃から一気に引き込まれた本作。そこからは各章の主人公を中心に進んでいく大河ドラマのような構成に、何度も胸動かされました。上述の通り異端審問による描写は痛々しくて見ていられませんでしたが、それでも前に進み続ける強さに見ている側も突き動かされた気分になれます。そうした積み重ねが最後にコペルニクスの登場に繋がっていく、歴史の側面を担っているのも面白い描写でしたね。
他にも全編を通して「思考の継続」が描かれていたのが本作の特徴。目の前の謎や疑問と向き合い、答えを模索していく姿勢はどの章においても一貫していました。それは地動説に関することだけでなく、社会や宗教の在り方に関しても同様です。このテイストはまさに宗教主体の社会が資本的な社会へと変革しつつある世界観故の、個人が自ら考える必要性が出てきたからだと言えるでしょう。「何故そうなるのか?」「これでいいのか?」と問いかけ続けることの意義を作品の中で説き続けていたと言えます。(先人たちが遺した知識や文字への敬意もしっかり描かれているのがここすきポイント)
それでいていずれかの考えや在り方に寄りそいすぎない塩梅が個人的に最も評価したいポイント。3章までは地動説側を主人公としていましたが、最終章にて地動説論者が必ず正しいわけではないことも描いたのは良き判断だと思いました。同時に宗教が必ずしも否定されるべきものではないことにも触れ、どちらが正しくてどちらが間違っているという安易な結論で終わらせなかったことに好感が持てます。最終章はまさに「コペルニクス的転回」*3を用いた表現で、矛盾を抱えることに意味を求めていたのでしょう。
転じて本作を視聴した我々に問いを出題し、「考え続ける」ことを提示しているのがこの作品最大のテーマなのだと思いました。歴史上で地動説が認められていることを知っている視聴者からすれば正しいのは地動説側ですが、果たしてそれだけで結論付けていいものなのか?と他の登場人物それぞれの信念を見て感じ取って、各々の在り方についても考える機会を本作では度々設けていました。3章までと最終章の繋がりが曖昧なのも、こちらに判断を委ねているが故の構成なのかもしれません。
まとめると単純な答えに縋るのではなく、矛盾を抱えたまま視聴者に考えてほしいという「願い」が込められている作品という総評に落ち着きましたね。僕個人その在り方には大いに頷かされるので、心に残る名作のテーマとして胸の内に留めておく所存です。そして思考を巡らせることを意識しながら、作品の思い出に浸っていきたいです。
↓以下、過去の感想が書かれた記事一覧です。
