憂いも色彩もない楽園へ
これから30分、あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議な時間の中に入って行くのです。
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- 恐ろしくも魅力的な空間へようこそ
全体を通して異質な雰囲気を醸し出していた今回のアーク。始まりこそ怪獣災害のない平和な日々が展開されていたものの、薄暗く色彩も落ちたような画面が目に付きました。物語においても雨や傘、怪獣といった概念が見られなくなり。次第に消えていくかのように描かれているのでドンドン不気味な印象が湧いて出てきましたね。(中でも「検索欄にも出てこない」といった描写が現代的な恐怖を出していましたね)他にも主要人物を除けばおばちゃん以外のモブが出てこないのも奇妙で、この回の不思議な感覚をじんわりと味わっていくかのような感覚に支配された気分です。
さらにSKIPの存在が消え、仲間たちも別の存在に置き換わっていく過程にもゾッとさせられました。最後には黒幕である白い仮面の男によってユウマまでもが取り込まれ、全員喫茶店の店員あるいは関係者にされてしまうラストの絶望感は凄まじかったですね。(その一方で、SKIPがなくなってもユウマと仲間たちが一緒にいる点は微笑ましかったです)平和だったはずの日常の些細な違和感から始まり、それらが徐々に浸透していくように大きな不安と恐怖を呼び起こす……子どもどころか大人でもトラウマになりそうなほど、恐ろしい過程が繰り広げられていました。
結局アークの登場によって元凶の柱は壊され、世界に色が戻って一件落着。雨も降ることで全て元通りというオチになったことには安心しました。しかし仮面の男はどうなったのか?本当に柱は倒せたのか?そういったことが一切語られないので深く考えるほど泥沼に嵌りそうになります。男たちの正体も含めて、詳しいことがわからずじまいが故の恐怖がしっかりを残っていましたね。総じてシリーズの原点である『ウルトラQ』をはじめとして、ウルトラシリーズでは度々描かれるミステリーホラーな回だったと言えるでしょう。令和になってこれほど濃密な怪奇要素満載のエピソードが見られて、個人的にも大満足です。
- 想像力が生み出す“正”と“負”の側面
以上のように怖くて不思議な回でしたが、ウルトラマンアークらしい“想像力”が関わっていたのも大きな特徴でした。そもそも仮面の男の目的である「社会から憂い」を失くすことは、転じて想像力に通じるものがありましたね。「もしこうなったらどうしよう」「そうなってしまったら嫌だなぁ」といった、不安や恐怖を呼び起こす想像力そのものを男は消し去ろうとしていたのもかもしれません。憂いの原因である怪獣や雨を消し去ったのは、まさにそういった“負”の想像力の否定を意味していたのでしょう。
それらに対して、ユウマが幼い頃通った絵画教室の記憶が逆転の決め手になったのがこれまた面白いポイント。いつのまにか無くなっていた教室の記憶を思い出し、手に残ったチョークの色がアークキューブに宿るシーンは希望に満ちていましたね。紡いできた記憶を巡って、様々なことを忘れずに思い描くユウマの在り方は反対に“正”の想像力に満ちていたと言えます。(逆に喫茶店の店員をやっていた時のユウマは、ボードに書き込む内容を思いつくことが出来ずうだつが上がらない若者になっていたのがまた興味深いです)
想像力は心に迷いなど負の側面を生むものの、同時に正の活力を生み出すのもまた事実。仮面の男のように想像力そのものを消し去っては元も子もない……そういったメッセージを前向きにさり気なく伝えてみせたのは、実に本作らしい点だったと思いますね。そして想像が生み出すものと上手く付き合っていくことこそ、物語全体に通じる今回のテーマの1つだったようにも感じます。
- 虚飾の楽園を夢見る者
今回の事件を引き起こした謎の人物こそ「楽園夢想人 白い仮面の男」。その名の通り灰色がかった白い石膏の仮面を被っており、黒いスーツと山高帽の紳士然とした姿をしています。それだけでも奇妙なのですが、仮面を外して晒した素顔、表面に空いた穴にリンゴが乗っているビジュアルは本当に衝撃的でした。その正体は不安や苦しみから解放された「楽園」を求め続けた考古学者で、他の出土品と共に見つけた仮面を付けることで人間をやめたとのこと。それ以上の詳細は不明なものの、超常の存在になった者としての背景は何となく読み取れますね。
そして白い仮面の男が掘り起こした楽園の一部こそ「楽園夢想遺構 柱」。円錐型の遺跡という、非常に珍しい非生物的なビジュアルをした怪獣枠です。最終的に白い仮面の男と一体化したようですが、あの仮面しか存在を確認出来ないためとにかく不気味な印象を残していきます。古代人が生み出した巨大な装置で、人々の憂いとなるものを消し去る力を持っているようです。人々の記憶から原因を消し、それが存在そのものの消去に繋がるという過程がまた恐ろしいですね。(仮面の男がユウマに話した「暗渠」の例えがわかりやすく、「あらゆる物事は人々の記憶から忘れられることで“ある意味での消滅”を達成する」ということを意識させられました)
一方で戦闘能力に関してはそこまででもなく、アークが出現してからの戦闘シーンはあっという間に終了しました。バリアで相手を閉じ込めつつ電撃を放つなどの攻撃手段は持っているものの、アーク相手にはそこまで有効だとはいかなかった模様。あまりにも呆気なかった反面、仮面の男がアークを警戒していたのが間接的に理解出来るようになっているとも感じました。干渉が出来ないうえ戦ったらまず勝てない相手だからこそ、仮面の男はアークが出てくる前に楽園の完成させたかったのでしょう。
また余談ですが、この仮面の男と柱のデザインと描写に関してはシュルレアリスム画家のルネ・マグリットの作品の要素が散見されました。上述の男の素顔はマグリット代表作の1つ「人の子」(当記事のサムネ↑にある絵画です)、仮面を被った姿は「夜の意味」をモチーフにしていると考えられます。他にも「大家族」のハトや「世界大戦」のスミレの花など、明らかに意識しているものも多かったです。表面的なものだけでは計れない世界観を、シュルレアリスムとしてマグリット作品に当てるのはなるほど興味深いですね。今回のエピソードの面白さを引き上げてくれる、良いデザインモチーフの選出だったと言えます。
さて次回はモノゲロス、ディゲロスに続く3本ヅノの怪獣が出現!ユウマを執拗に追うことからゼ・ズーからの刺客と思われますが、未だ諦めない相手の執念が予告の時点で伝わってきますね。さらにユウマが謎のエネルギーによって体を蝕まれ、徐々に衰弱していく模様。このエネルギーの正体はなんなのか、怪獣との関連性も気になるところです。何より物語がいよいよクライマックスに突入していることを実感しますし、次回も見逃せないです。
ではまた、次の機会に。