この世で最も黒く、邪悪な深淵へ
美の殿堂で巻き起こる「奇妙」な冒険をここに
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『ジョジョの奇妙な冒険』スピンオフ『岸辺露伴は動かない』の実写シリーズ。2020年から毎年年末にドラマ化され、原作の要素を上手い具合に実写に落とし込んだ内容は大きな反響を呼びました。同時に高橋一生さんが演じる露伴の絶妙さは、原作とは異なる「実写の露伴像」とも言えるものを作り出したと言えるでしょう。僕自身、毎年楽しみにしているシリーズであります。
そんな岸辺露伴の実写シリーズもついに映画化。『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』を下敷きにして実写映画化された本作。僕は原作の方を読まずに観に行きましたが、相変わらずの面白さとおっかない演出に体が縮み上がってしまいましたね。ジョジョ特有のJホラーの雰囲気を再現しつつ、ドラマらしい要素でまとめ上げていることに大きな感銘も受けました。というわけで今回はそんな露伴の映画の感想を書いていきたいと思います。
※ここから先は映画の内容に触れているのでネタバレ注意!!
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- 「過去」を巡るミステリー
本作の特徴の1つとしてまず挙げられるのが露伴の過去を巡るミステリー要素。そもそもの始まりである「黒い絵」の存在を如何にして露伴が知ったのかを、かなりの長尺を使って少年時代の過去編として描かれていました。祖母の家で下宿している「菜々瀬(ななせ)」という女性との出会いと触れ合いは、さながら夏休みの少年の思い出のよう。一見すると甘酸っぱい青春模様ですが、菜々瀬のミステリアスかつ不安定なキャラクターもあってそれどころではなかったのは実にジョジョらしいです。
そんな中で繰り広げられるのが各々の過去から真実を得ていくストーリーだった点。上述の通り露伴が過去を思い出すことがきっかけであり、その記憶を辿ることで黒い絵への興味や自分の原点を復活させていくようなテイストがありました。また露伴が自身にヘブンズ・ドアーをかけることで一時的に全てを忘れるくだりも興味深いです。襲ってくる「山村仁左右衛門(やまむら・にざえもん)」から逃れるために自分のことを忘れても、顔をこすって最後には思い出す流れからも本作の「過去を思い出す」要素に沿っていると思います。
そんな露伴が最後には黒い絵誕生の秘密を知ることで、菜々瀬が自分の先祖であることを知る辺りにも彼の原点を探る物語性がありました。何故露伴の前には仁左右衛門が現れたのか?の謎のアンサーとしてはかなり納得のいくところでありますし、後述の先祖の罪に当てはまると同時に露伴のルーツに繋がっていることには舌を巻くばかりです。黒い絵の裏にあった愛情も露伴の物語にも、全ては過去に答えがあった……とばかりに過去へと冒険していく内容に仕上がっており、露伴にとっての「奇妙な冒険」として申し分ないストーリーでした。
- 愛情の「位置」を戻す時
今回もう1つ気になったポイントとして、黒い絵はそもそも山村夫婦の象徴でもあったというルーツがあります。仁左右衛門が理想の黒を描き出すするために狂気に囚われてしまったのが原因であり、虐げられた怨念が黒い絵を過去の罪へと引きずり込む怪異へと変貌させていました。しかし元は妻の黒い髪を表現したい、という旦那としての愛情から始まった物語でもあります。とうとう登場した黒い絵は気持ち悪さがあったものの、仁左右衛門の菜々瀬への愛が込められた美しさも少なからず同居していました。「綺麗だけど恐ろしい」という二律背反は、さながら本来の愛情と歪んでしまった怨念を同時に内包していることを意味していたように思います。
そう考えると、本作は絵を葬り去ることでその歪みを正していく物語でもあったのかもしれません。モデルの菜々瀬にとっても自分を縛り付ける呪いと化していた絵でもあったので、彼女を絵から解放したことで仁左右衛門と菜々瀬の愛情の「位置」を元に戻せたように感じます。他にも過去に菜々瀬に引き裂かれた彼女を描いた漫画原稿が露伴の手元に戻るラストからも、そのような趣きがありましたね。菜々瀬にとってトラウマであった「自分を描いてもらう」という「愛情」が解決したことにより、原稿が綺麗な形で戻ってくるラストは中々に爽やかなものがありました。
また本筋とは関係ないものの、ルーヴルの案内人である「エマ・野口(エマ・のぐち)」のストーリーも印象的。思えば彼女が見た亡き息子・ピエールのくだりは他の面々の過去とは少々異なっていました。幻覚で溺れ死にかけたのも罪の意識以上に、子どもを死なせてしまった後悔にあった辺りにも彼女の「愛情」を感じます。最終的にエマも生き残り、泉ちゃんの「息子さんが会いたかったんですよ」と励ますことで助かるシーンもちょっとした感動がありました。ここはエマの息子への愛情の「位置」がズレてしまったところを、正す側面でもあったのではないかと思います。*1「愛と憎しみは表裏一体」とはよく言いますが、それくらい位置が歪みやすい愛の話が本作の根幹に込められていたと僕は考えます。
こういった小難しい話を除いても面白い要素が満載だった本作。中でも終盤のホラー演出は何だかんだでゾッとさせられましたね。幻覚のくだりこそそこまでではなかったものの、露伴に走る緊張感が最高潮に高まったタイミングで黒い絵が映し出される瞬間には鳥肌が立ちました。Jホラーでよく見られる「目玉のシーンで音楽を止める」定番の演出も相まって、ホラーにあまり耐性の無い身にとっては中々に恐ろしいシーンになっていたと思います。
他にはやはり役者の皆さんの演技も素敵でした。高橋一生さんの露伴は言うまでもなく「実写の露伴」イメージがそのまま沁みついていて文句なし。個人的にはそれ以上に少年時代の露伴に注目しました。「なにわ男子」の長尾謙杜さん演じる露伴もところどころ妙に“らしく”感じられましたね。(先に観に行った母曰く「後ろ姿がまさに露伴そのものだった」とのこと)毎度のことながらジョジョという濃い原作を如何にして実写に落とし込むかの問題を、上手いこと解決させてくれるスタッフの手腕には驚かされるばかりです。
パリ・ルーヴル美術館にロケに行った割にはパリのシーンが少なかったことなど不満も少なからずありますが、個人的にはスケールがあまり大きくないままだったのも岸辺露伴の作品らしかったな……と感じています。これくらいのこじんまりとしたサスペンスが好みな身としては、まさに今回の映画は楽しかったと言えますね。
では以下、各キャラクターについての所感です。
本作の主人公。リアリティを求める漫画家としてまた謎に首を突っ込んで痛い目を見る役割でしたが、今回に限っては本人のルーツにまつわる話でもあったのが興味深いです。上述の通り露伴自身の過去を巡っていくので、彼にとって必然性の高い内容に仕上がっていたと思います。そのうえで何だかんだで怪異を躱していくのでいつも通りに収まるのが流石といったところ。
現代の大人露伴に対して少年露伴は若干初心な面があったのも面白かったですね。大人の頃からは考えられないほど他人に翻弄される様子は、露伴にもこんな可愛い頃があったんだなぁ……そしてこの少年があんなひねくれた大人になってしまうんだなぁ……とほっこりさせてくれました。大人の女性である菜々瀬とのやり取りも、ちょっとしたインモラルな雰囲気があって少々見入ってしまいましたね。
他にはやはり自分自身にヘブンズ・ドアーをかけるシーンが印象に残りました。原作のジョジョ4部では「自分の過去を読むことは出来ない」と明言されていた能力が、大きく成長しているのだとちょっと衝撃を受けずにはいられません。*2記憶を消してからあっさり戻す解決法を用意するなど、用意周到さもこの能力の使い方で再現してみせていたと思います。
泉京花
露伴の担当編集にして彼の相棒ポジション。実質実写のオリジナルキャラですが、今回も多大な存在感を発揮してくれていました。露伴の嫌味にも負けずむしろグイグイ押していくめげなさはもちろんのこと、底抜けの明るさはやはり魅力的。何かと怪異の被害から逃れやすい特徴は今回も発揮されており、黒い絵の女性を見て「綺麗でしたね」で済ませる辺りに彼女の本質が現れていましたね。(「先祖の罪」も対象である黒い絵の特性を考えると、泉ちゃんの先祖は代々罪とか後悔を持っていないということになるのがすごい……)
中でも泉ちゃんを泉ちゃんたらしめたのがエマを励ますシーン。幼い頃に亡くなった父の話をしながら、エマの息子が母に会いたかったのかもしれないと返した時は思わず感激してしまいました。かつて父が訪れたルーヴルの写真を自分も撮ることで「一緒にいるような感覚」を得る話にも膝を打たずにはいられません。亡き家族の話をしながらも悲壮感が全くない点に、彼女の良い意味で細かいことは気にしない・引きずらない性格が感じられますね。ひねくれた露伴の相棒としてはこれ以上ないくらい相応しい、泉ちゃんのこのポジティブさは本作には欠かせないものだと再確認出来ました。
というわけで映画岸辺露伴の感想でした。上述の通り原作を読まないまま観てしまったのですが、それでも十分に楽しめたのは流石でしたね。実写の岸辺露伴のイメージがファンの間で完全に出来上がっているからこその面白さもそこにあったと思います。むしろ観終わった後に原作を読んでみたい!と思えたくらいです。
さて去年のドラマが少なかった分今年の映画で楽しめたわけですが、果たしてテレビドラマの方は今年の年末もやってくれるのかが気になるところ。原作のストックはまだまだあるとはいえ、露伴が全く話に関わらないエピソードが多く残っておりそこら辺を実写化する時はどう調理するのでしょうか。何度も言っていることですが、お気に入りのエピソードである「密漁海岸」を今度こそやってくれないかな~、とつい考えてしまいますね。
ではまた、次の機会に。