運命なんて、ぶっ潰す
親愛なる隣人は、世界の運命(さだめ)に抗えるのか────?
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
2018年に劇場公開され、大きな話題となった『スパイダーマン:スパイダーバース(原題は『Spider-Man: Into the Spider-Verse』)』。別次元のスパイダーマンが集結するという原作コミックを下敷きに、とんでもない映像表現を以てマイルスという少年のオリジンを描いた見事なアニメ映画でした。当時映画館で観に行った身としても、あの衝撃と興奮は忘れられません。
そんなスパイダーバースの続編が先月ついに公開。延期などの憂き目に遭いながらも、無事やってくれたことにまず喜びを覚えます。待ちに待った続編ということもあってワクワクして観に行ったわけですが、その結果前作から大幅に進化した映像とスケールのデカさに圧倒されることになりました。前作がスパイダーマン初心者でも楽しめる映画になっていた分、本作はよりスパイダーマン好きにはたまらない内容に仕上がっていたように感じましたね。というわけで今回は、そんなアクロス・ザ・スパイダーバースの感想を書いていきたいと思います。
※ここから先は映画の内容に触れているのでネタバレ注意!!
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
- 箱庭から飛び出した広大な作品(世界)
本作の特徴としてまず挙げられるのが映像表現ですね。前作の時点でアニメーションの極致とも言える映像美が披露されていましたが、それがさらに進化してアニメの枠を超えた演出の数々がスクリーンで披露されることになりました。作品という名の世界の枠を超えたかのようなクロスオーバーを感じさせてくれる、まさにオタクの夢のような世界観を実現させていたと言えます。
何と言っても前作では主人公のマイルスの世界(アース)「アース1610」がメインだった中で、ようやく他の世界も描写されたのが個人的にも大きな注目ポイントでした。パヴィトルの暮らすムンバッタン(ムンバイとマンハッタンが混ざっている?)の街並みは雑多ながらインド美術のような薄く鮮やかな色彩に溢れていましたし、他にも切り絵のような世界や一昔前のカートゥーンアニメーション的デザインの世界など、アニメでそこまで出来るのか……!と感動させれられる要素もチラホラ見られましたね。
それ以上に多くの人に衝撃を与えたであろう実写との融合も見逃せません。レゴを使ったストップモーション技術でレゴの世界を見せただけでも驚きですが、実写のキャラを混ぜているのも十分に凄まじかったです。まぁ実を言うと「実写とアニメの融合」に関しては以前視聴した『チップとデールの大作戦』で既に堪能しているので、個人的にはそれ自体はそこまでびっくりするほどのことではなかったです。ただ本作はスピーディーな映像演出が基本となっており、目まぐるしく変わる色彩と絵柄の連続の中で実写との共存に成功しているのは素直にすごかったと思います。*1そういった意味で本作の映像は革新的と言っていいかもしれません。
それらを活かして他のマーベル作品との関連を図っているのもファンにとっては嬉しいポイント。『ヴェノム』のチェンさんや『スパイダーマン:ホームカミング』のアーロンなど、実写映画のキャラクターもおかげで登場を果たすことが出来ました。さらに後述のカノンイベントをマイルスに説明する際の映像で、サム・ライミ版『スパイダーマン』や『アメイジング・スパイダーマン』のシーンが出てきた時は興奮しましたね。『ノー・ウェイ・ホーム』でのドクター・ストレンジとの出来事を触れた発言など、とにかく世界観の繋がりを魅せてくれる要素が満載でした。
他にもここでは語り切れないような小ネタ満載であり、人によって様々なスパイダーマンを出来る限り網羅しようとしてくれているのが何より喜ばしかったですね。前作で描き切ったマイルスの世界という箱庭から飛び出し、まさに本当の意味での「スパイダーバース」が始まったことを実感する映画だったと思います。
- 「可視化」した運命にどう抗うのか
もう1つの目玉と言えるのがスパイダーマンの哀しき運命(さだめ)に関するストーリー展開です。スパイダーソサエティの活動内容の1つとして今回明らかになった「カノンイベント」は、スパイダーマンの生涯を形成していくうえで重要な出来事(イベント)という、スパイダーマンにとって避けられない要素として説明されていました。個人的にはこの「スパイダーマンが大切な人を失う運命にある」という物語上のジンクスを、名前を付けて実在する概念へと「可視化」したことに大きな衝撃を受けました。
周辺人物が不幸な目に遭い、最悪悲劇的な死を迎えるのはシリーズ定番の展開であり、それらの悲しみを乗り越えることで主人公がヒーローとして成長していくことこそ、スパイダーマンという作品の醍醐味。一方でそれ自体を乗り越え、孤独なヒーローというイメージからの脱却を狙うのも近年のスパイダーマン映画のトレンドでした。本作はまさにその後者をリスペクトした内容なのですが、メタ的構造を形にすることで抗えるようにするスタイルにはかなり好感が持てます。前作及びサム・ライミ版第1作のキャッチコピーにもあった「運命を受け入れろ」から逆転した「運命なんてぶっ潰す」というキャッチコピーからも、マイルスや制作陣の覚悟が感じられます。
それだけに続編で如何にしてカノンイベントの問題を片付けるのかが気になりますね。カノンイベントが世界の崩壊に繋がるものである以上、どうやって収集を付けるのかは現時点ではあまり予測が付きにくいです。今回明かされた「マイルスは本来生まれるはずのなかったスパイダーマン」であることがわかり、彼がカノンイベントに縛られないイレギュラーかもしれない希望が残っているのでそこに注目しておきたいところ。またこれは言うなれば物語のお約束に踏み込んでいくことでもあり、裏を返せば「悲劇のヒーローを見たい」というファンの希望を踏みにじってしまう可能性もあります。そういった話にどのような決着を付けてくれるのか、ひとまずは焦らず待っておこうと思います。
- 家族と居場所を克服する時
個人的にもう1つ注目したいのが家族と居場所の問題。マイルス然りグウェン然り、親との付き合いの軋轢が前半を中心に描かれていたのが印象に残りました。普段の生活とスパイダーマンの二足の草鞋に苦労するのは過去作でも見られましたが、本作は特に「家族に自分がスパイダーマンであることを打ち明けられない辛さ」に焦点を当てていたと思います。
まずマイルスの方は進路のことで両親とまともに話す機会がなく、そこから言い争いに発展するのはまだ微笑ましかったです。問題はグウェンの方で、親友のピーター殺しの犯人として警察である父親に追われる身になっていたのは本当に可哀想でした。父に正体を明かして話を聞いてもらおうとするものの、父は警察として自分を逮捕しようとするシーンの救いようのなさには顔をしかめてしまいましたね。(始まって10分もしない内にこの展開だから本当に愕然としました)総じてスパイダーマンになったことで「居場所」が失われていく辛さに触れており、その点は上述のスパイダーマンの悲しい運命の要素の1つだと捉えることが出来ます。
そのうえで彼らティーンエイジャーのスパイダーマンが如何にして居場所を獲得していくのかが後半のキモとなっていました。マイルスは父を救うためにミゲル率いる「スパイダーソサエティ」に反抗し戦うことになりましたが、決して後悔することなく自分の世界に帰ろうとする意志を見せてくれました。これは彼にとって両親とは時に喧嘩するものの、それらをひっくるめて愛するべき居場所であるを意味しているように思えます。運命に逆らってでも今の自分の居場所を守る……マイルスが前作から確固たる覚悟を手にした証拠なのかもしれません。
そしてグウェンに関しては最初こそスパイダーソサエティに逃げてそこに固執していましたが、終盤警察を辞めて自分と向き合ってくれた父との和解を果たしてからの流れに感動させられました。自分の居場所を見つけようと必死になっていた少女が、父とわかりあうことで元からあった居場所を獲得した瞬間と言えます。ラストの「自分でバンドを作った」というモノローグからも、自ら動こうとする成長ぶりが伺えます。家族との折り合いがつかないことも多いスパイダーマンにおいて、彼ら2人はまさに打ち勝ったのでしょう。そういった意味で「運命をぶっ潰す」キャッチコピーを果たしたと言っていいかもしれませんね。
では以下、各キャラクターについての所感です。
マイルス・モラレス/スパイダーマン
本作の主人公。前作から大きく成長し、親愛なる隣人として町に馴染んでいる様子にまず癒されました。(コンビニのパイを勝手に食べたりスパイダーマン姿でケーキを買うシーンがここすきポイント)両親と喧嘩をしたり周囲の反対を押し切って意固地になるなどの問題もありましたが、基本は安定して「みんなを救うヒーロー」を貫こうとしていましたね。絶望的な状況でも決して諦めない姿勢も相まって、終始見ていて応援したくなる少年に仕上がっていました。
マイルスに関してはミゲルとの戦闘中に「本来存在しないはずのスパイダーマン」であることが明かされたのも注目ポイント。ある意味で元凶であるスポットの説明も含めて、前作で謎のまま放置されていたマイルスを噛んだ蜘蛛の正体がわかって実にすっきりしました。自分がスパイダーマンになったことで自分の世界のピーターが死んだこと、そしてアース42が大変なことになっているといったことで罪悪感に苛まれていそうなのが気の毒ですが、だからこそマイルスにはそれらを乗り越えて「スパイダーマン」であることに誇りを持ってほしいところ。そしてイレギュラーである彼の存在が、カノンイベントを打ち壊す切り札になることを願うばかりです。
グウェン・ステイシー/スパイダー・グウェン
本作のヒロインにしてもう1人の主人公。マイルスが前作の時点である程度成長しきったということもあり、代わりにグウェンの葛藤とそこからの成長にスポットが当たっていました。前作ではマイルスの頼れる先輩ポジションにありましたが、彼女は彼女で「自分に居場所はない」と悩み苦しんでいたのがよく伝わってきましたね。父親との問題は見ていて本当に辛かっただけに、序盤からグウェンに対して感情移入することが出来ました。
それだけに終盤の父との再会・和解するシーンは必見。警察としてでなく、家族として向き合ってくれた父を見てグウェンが目の輝きを取り戻してく瞬間には思わず感嘆してしまいました。それまでグウェンの世界(アース65)がモノクロに近い色合いだった中、徐々に色づいていく演出も見事の一言です。(グウェンの狭まっていた視野が広がっていくのを感じましたね)そうして自分の居場所ややるべきことを見出し、マイルスを助けに向かう彼女の背中は本当に頼もしかったです。ある意味でマイルス以上に本作の主人公と言える成長ぶりでしたね。
ミゲル・オハラ/スパイダーマン2099
スパイダーソサエティのまとめ役にして本作屈指の苦労人。終始マイルスに高圧的な点はあまり好感が持てなかったものの、彼は彼で苦労しているのも同時に伝わってきたのでそこまで憎めなかったですね。かつてカノンイベントで1つの世界を滅ぼしてしまった罪を背負い、世界を守ろうと必死になっている姿は本当に可哀想でした。上の主役2人がスパイダーマンの運命に抗っているのに対して、ミゲルは運命に負けつつあるようにも見えましたね。
そもそも前作のラストに登場したミゲルとはキャラがほぼ別人であることにも驚かされます。最もあの初登場時から大分年月が経っているようですし、あれから上述のカノンイベントの悲劇などを経験してやつれてしまったと捉えるべきでしょうか。*2グウェンと初対面の時のまたコミカルだった面やピーターとメイデイ親子へのうんざりしながらもぞんざいにしない対応、それらから見るに元はコミカルな青年なのかもしれません。次回作で彼が元の性格に戻れるかどうかも気になるところです。
ピーター・B・パーカー/スパイダーマン
マイルスの師匠枠でもある中年スパイディ。MJとの復縁を果たしてメイデイという娘を授かった結果、とんでもない親バカと化していたことには笑ってしまいました。いくら娘もスパイダーマンの力を持っているからと言って、マイルスとの追いかけっこの時まで娘自慢に走るのはあまりにもシュールの一言。幸せそうで何よりですが、もうちょっと真面目にやれよ!と思ってしまったところもちょっとあります。
一方でマイルスのことを弟子兼もう1人の子どもとして大切に想ってくれていたのは嬉しかったです。ピリピリしていたマイルスにメイデイを抱かせようとしたのも、彼への感謝と助けたい気持ちがあったからこそ。「お前と出会ったからこの子が生まれたんだ!」というセリフには思わず涙ぐんでしまいましたね。そんなピーターが今度こそマイルスを救ってくれることを次回期待したいです。
スポット
本作のメインヴィラン。序盤こそドジで間抜けなコミカルキャラとしてマイルスとのぐだぐだ戦闘を見せてくれましたが、徐々に自分の力の可能性に気付いて強大な敵へと成長していく様子は中々に恐ろしかったです。(最初バカにしていた小物が大物ヴィランになるのはアメコミあるあるですね)真っ白なボディに黒い穴ぼこがついたデザインが、最終的には黒一色に染まったことにゾッとしたものを覚えました。
そして彼がマイルスがスパイダーマンになった原因を作ったことも驚愕ポイント。アース42の蜘蛛を連れてきただけですが、ある意味でマイルスのオリジンに関わる重要な存在だと言えます。そんな彼がマイルスの全てを奪おうと復讐に走る……主人公にとって避けては通れない大きな壁になっているのも興味深いです。この強敵に果たしてマイルスはどうやって勝つのでしょうか。
ジェシカ・ドリュー/スパイダーウーマン
パヴィトル・プラバカール/スパイダーマン・インディア
ホービー・ブラウン/スパイダー・パンク
スパイダーソサエティに所属するスパイダーマンたち。まずジェシカは妊娠8か月の妊婦でありながらヒーロー活動を続けている辺りにパワフルな女性像を体現していたのが面白かったです。そしてグウェンの先生も務め、ソサエティに追放されてからも彼女のこと見守ってくれているのが素敵の一言。家族の問題も扱っている本作に置いて、彼女はグウェンのもう1人の「親」のポジションだったとも考えられます。
続くパヴィトルは陽気なインドのスパイダーマン。(チャイを「チャイティー」呼ばわりされる時以外は)気さくで明るいキャラクターが魅力的です。彼の明るさはカノンイベントを経験しておらず、大切な人をまだ失っていないことから来ているのかもしれません。今回マイルスにイベントを脱して貰った中、彼の明るいキャラが保っていられるのかにも注目したいところ。
最後のホービーは名前の通りとんでもないパンクな野郎でしたね。「体制なんてクソ喰らえ」とばかりの言動の数々で遠くからマイルスを煽っているようなシーンにはクスクスきてしまいました。(何でこいつソサエティに入っているんだろう)しかしそんな大人げないスタイルがかえって本作の清涼剤になってくれたのも事実。マイルスには一見つっけんどんなもののその実気に入っているようにも見えたので、彼を助けてくれる時はノリノリでやってくれそうな予感がします。
ペニー・パーカー
ピーター・パーカー/スパイダーマン・ノワール
ピーター・ポーカー/スパイダーハム
前作でマイルスと共に戦ったスパイダーマンたち。残念ながら本作ではほとんど出番がなく、ほぼラストのみの登場となってしまいました。ペニーに関しては中盤成長した姿で登場しましたが、表情に暗い影を落としていたのがショックでしたね。彼女もまたカノンイベントの現実に打ちのめされてしまったということでしょうか。
その分ラストのマイルス救出メンバーに加わっていたのは喜ばしい情報。多くのスパイディたちが世界の安定に努める中、マイルスの仲間となった彼らはグウェン側についてくれたのは本当に嬉しかったです。今回出番がなかった分、次回作では是非大暴れしてほしいですね。
その他大勢のスパイダーマンズ
あまりにも多すぎるので割愛。ソサエティに所属している面々だけでもベン・ライリー/スカーレット・スパイダーやペトラ/サイボーグ・スパイダーウーマン、昔ディズニーXDで見たスぺクタキュラー・スパイダーマンやレゴのスパイダーマンに初代アニメのスパイダーマン、猫やティラノサウルスや車がスパイダーマンやってたりと本当に多種多様でした。あまりにもカオスな絵面には変な笑いが出てきてしまいますね。(猫や恐竜はまだいいとして、車がスパイディやっているのは色々おかしくない!?)
ソサエティに所属していない面々もちょこっとだけ登場してくれた点も見逃せません。上述でも触れた通りトビー・マグワイア氏やアンドリュー・ガーフィルド氏演じる実写スパイダーマンたちがカメオ出演してくれたシーンで歓喜に包まれましたよえぇ。この調子でトム・ホランド氏のスパイダーマン、そして地獄からの使者、スパイダーマッ!!こと東映版も登場してくれないかな~なんて少し思っていしまいますね。
マイルス・モラレス(アース42)/プラウラー
個人的に最も衝撃を受けたキャラ。「本来スパイダーマンが生まれるはずだった世界でスパイダーマンが生まれなかったら?」という疑問に対しておよそ最悪の答えを出された気分です。アーロンに代わって犯罪を行うマイルスというのはあまりにもショッキングです。同時に父を失うことで彼が悪に堕ちてしまうifは、どちらにも傾きかねないマイルスの思春期の精神性を表しているようにも感じました。果たしてこの世界からヒーローの可能性を奪ってしまったアース1610のマイルスは、このもう1人の自分を前にどのようなけじめをつけてくれるのでしょうか。
また彼の登場シーンでニュースに「シニスターシックス」らしきワードが出てきたのも見逃せません。*3スパイダーマンに恨みを持つ者たちで構成されたヴィランチームに、このマイルスも所属しているのでしょうか。だとすれば実写のスパイダーマン・ユニバースに先駆けてシニスターシックスが映画に登場する可能性もあり、そういった意味ではワクワクしてきました。次回作で彼が所属するチームとマイルスたちが戦うのか!?という期待も胸に潜めておくとします。
というわけでアクロス・ザ・スパイダーバースの感想でした。とんでもなく長くなってしまいましたが、それだけ本作は興奮に満ちた作品だったわけです。そんな僕の感情や作品への興奮が少しでも伝わってくれれば幸いです。
そして物語は第3作目『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』へと続きます。本作が2部作だったのは事前に情報収集していたおかげで知っていましたが、いざ観た後だともどかしさを覚えますね。早く来年公開のビヨンドを見たいものです。“Into(中に)”から“Across(交差する)“に繋がる“Beyond(向こうへ)”とは何を意味するのか?タイトル通り、全2作を超えるものを期待したいです。
ではまた、次の機会に。